福島第一原発が東北関東大震災で被災したニュースは衝撃的でしたね。

日本の原子力発電所はバックアップシステムや安全策が何重にもあるから心配ないと多くの人が信じていたのではないでしょうか。

恥ずかしいことですが私も根拠も無く信じていました。

専門家や学者が安全策を講じているから大丈夫… ではありませんでしたね。

 

何の仕事でもそうだと思うのですが、専属の担当者だけで仕事を続けているといつの間にか「無駄なこと」や「思い込み」「古いやり方」に縛られてしまいますよね。

別の仕事を担当していた方が合流すると「…!?。なぜこのやり方?」や「こうすればいのに」あるいは「前提条件自体がおかしいのでは?」といった指摘を受けることがありますものね。

残念なことですが、我が国の原子力も「専門家」や「担当官庁のお役人」に任せすぎていたのかもしれませんね。

 

ちなみにこのような専門性の高い分野は「演劇」に譬えられるような気がします。

専門家=役者さん、担当官庁や国家など=プロデューサー・ディレクター、観客=国民、でしょうか。

何れかだけが優れていてもダメですし、何れかがダメでも良いものは出来ませんからね。

良い観客=見ているだけの客、ではないですからね。

良い観客=良いものか否かを見極める目を持ち、反応や意志を明確に示す、のではないでしょうか。

私は恥ずかしいことに「良い観客」ではありませんでした。ただの傍観者でした。

 

たしかに今回の福島第一原子力発電所の被災は「想定外」であったかもしれません。

M9.0の大地震、10m以上の高さの大津波…

想定値にするには大きすぎたのかもしれません。

未知の災害に備えるには莫大な費用を要しますし、予算の妥当性を検証することも出来ませんからね。

それでもやはり「他の予防措置や安全策があったのではないのか?」と感じているのは私だけでしょうか。

 

私は原子力の「素人」です。

それでもやはり「外部から電源や冷却水を接続する方法ぐらい考えて作れよ」とか

「使用済みの燃料棒は原子炉から離して管理できないのかよ」と思ってしまうのです。

恐らく専門家の方は「素人考え」「金がかかりすぎる」と笑うのでしょう。

しかし「もしもの時」を国民や周辺に住まう方々の目線で考えることをしていたら

こんな素人考えでも一蹴はできないのではないでしょうか。

 

被災してから連日のように原子力の専門家の方々がテレビに出演されています。

政府の方、枝野官房長官、ほんとにお疲れさまです。

でも、テレビで連呼しておられる「直ちに健康に影響が出るものではない」が信じられません。

他のブログで下記のような例え話が書いてありました。

「タバコを吸っても直ちに健康には影響ありません」

「発ガン物質を食べても直ちに健康には影響ありません」

……上手い喩えだ。

確かにタバコ吸っても、発ガン物質を食べても直ぐには病気にならないし死なない…

それでもタバコを吸う方が減ったのも、発ガン物質が食卓に並ぶ食品から駆逐されているのも「相当なリスクがある」と皆が認識し判断したからでしょう。

 

放射線被爆の恐怖。私だって怖いし心配です。息子が二人もいますから尚更です。

専門家の方々がテレビで連日のように連呼する「大丈夫」が大丈夫と思えません。

別に恐怖を煽るつもりはないのですが。

こんなご意見もありますし。

「想定外」の悲劇を繰り返さないとよいのですが。

自己責任で情報を幅広く取得して自己防衛、自己判断するしか無いようです。

 

テレビで40歳以上はあまり心配ない…みたいなこと言っていたけれど本当かね?

たしかにスタート地点とゴールでは明らかにゴールの方が近い歳だけどね。

今更遺伝子に異常が発生しても墓場に持ってゆくだけだからな私の場合。

それでも心配だし怖いよね放射線被爆。

自転車で一日中走ることや野原で日向ボッコしながら昼寝するのが趣味なのだけれど。

紫外線に加えて放射線まで降り注ぐとは…

我ながらリスクに真っ正面から立ち向かうような趣味だと思う。

 

こんな時は永ちゃんの歌で元気つけよっと。

さあ、次の休日が気持ちよく晴れたら肝試しとしますか。